和紙と木蝋で栄えた古い町並みが残る内子町の観光スポット

内子町 観光旅行
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愛媛県の南予地方にある内子町は、肱川支流の小田川沿いに市街地が広がり、東部は四国山地の森林が多くを占めます。江戸時代には製紙や木蝋生産で栄え、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定された町並みが残っています。

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内子座

内子座

「内子座」は、大正5年(1916)に大正天皇即位を祝って建てられた芝居小屋です。一時、取り壊しの危機にあったものの、町並み保存運動の盛り上がりの中で改修されることが決定しました。瓦葺き入母屋造りの外観は今も健在で、内子町のランドマークとして親しまれています。

この建物の内部には回り舞台や花道、桝席などの本格的な設備がそろっており、歌舞伎公演や映画の上演、その他さまざまな行事に利用されてきました。 行事がないときは館内の見学が可能です。

※ なお、内子座は耐震補強を含む改修工事のため、令和6年9月2日から4年間休館します。
内子座
■所在地:愛媛県喜多郡内子町‎内子2102
■電話番号:0893-44-2840
■公式サイト:
■交通アクセス:JR内子線・予讃線「内子駅」から徒歩10分/松山自動車道「内子五十崎インターチェンジ」から車で5分

高昌寺

高昌寺

高昌寺」は、室町時代の嘉吉元年(1441)に創建された曹洞宗の寺院で、領主であった曽根高昌の菩提所です。現在の内子の町並みも、この寺院の門前市から徐々に発展していったものです。

「高昌寺」は江戸時代に火災に遭っていますが、後に再建されました。この再建の際、藩主の加藤氏の許しを得て藩内からクスノキの木材を調達したことから「伊予の楠寺」とよばれ、山門・中雀門・仏殿が一直線に並ぶ伽藍配置は、曹洞宗大本山の「永平寺」ともよく比較されます。

高昌寺
■所在地:愛媛県喜多郡内子町‎城廻117
■電話番号:0893-44-2840
■公式サイト:
■交通アクセス:JR内子線・予讃線「内子駅」から徒歩20分/松山自動車道「内子五十崎インターチェンジ」から車で10分

そば処下芳我邸

そば処下芳我邸

「そば処下芳我邸」は、造り酒屋として栄えた豪商の屋敷を、蕎麦と摘み草料理の店舗にリニューアルしたものです。建物は国登録有形文化財として登録されている明治時代中期のもので、築140年の重みを感じさせます。2階部分はギャラリーとなっており、各種の催しでにぎわいます。

予約制の特別なメニューもありますが、昼時は街歩きの途中で予約なしに食事ができ、そばや天ぷら、旬のおかず、デザートなどが一体になった「野遊び弁当」が人気です。

そば処下芳我邸
■所在地:愛媛県喜多郡内子町‎内子1946
■電話番号:0893-44-6171
■公式サイト:
■交通アクセス:JR内子線・予讃線「内子駅」から徒歩10分/松山自動車道「内子五十崎インターチェンジ」から車で5分

木蝋資料館上芳我邸

木蝋資料館 上芳我邸

「木蝋資料館上芳我邸」は、製蠟業者として栄えた本芳我家の分家である上芳我家の邸宅です。文久元年(1861)にこの場所に出店を構えており、当時の出見倉のほか、内子の製蝋業の最盛期に当たる明治27年(1894)に上棟された主屋などの建物が残り、国重要文化財に指定されています。

邸内は「木蠟資料館」として整備されており、国重要有形民俗文化財に指定された1千点以上の製蠟用具の一部が展示されているほか、ガイドによるくわしい説明で往時の木蠟生産の過程が理解できます。

木蝋資料館上芳我邸
■所在地:愛媛県喜多郡内子町‎内子2696
■電話番号:0893-44-2771
■公式サイト:
■交通アクセス:JR内子線・予讃線「内子駅」から徒歩20分/松山自動車道「内子五十崎インターチェンジ」から車で10分

商いと暮らし博物館

商いと暮らし博物館

「商いと暮らし博物館」は、江戸時代後期から明治時代にかけての商家建築を活用し、大正10年(1921)ごろの薬屋の暮らしを再現した展示施設です。店頭では主人や丁稚の人形が出迎え、背後の木棚には薬瓶が所狭しと並びます。奥のスペースにも人形を使って食事風景が再現されるなど、当時の暮らしぶりがよくわかります。

ほかにも大正時代の六日町地区の町並みのジオラマ、郷土の偉人を説明したパネルなど、さまざまな資料が展示されており、内子町の歴史のあらましを知ることができます。

商いと暮らし博物館
■所在地:愛媛県喜多郡内子町‎内子1938
■電話番号:0893-44-5220
■公式サイト:
■交通アクセス:JR内子線・予讃線「内子駅」から徒歩10分/松山自動車道「内子五十崎インターチェンジ」から車で5分

禅昌寺

禅昌寺

「禅昌寺」は、高昌寺の末寺として建立された、江戸時代の寺社御改帳にもみえる曹洞宗の寺院です。商業地として開発された六日市の信仰の中心として、現在は跡のみが残る伊勢舎とともに栄えました。境内には地蔵堂や四国霊場本尊堂などの建物があります。

また、この寺院には地元出身の政治家・重岡薫五郎の墓所もあります。重岡薫五郎は東京大学を卒業しフランスにも留学した明治時代の官僚で、板垣退助率いる自由党から出馬して衆議院議員を連続して務めました。その墓碑銘は西園寺公望の筆になるものです。

禅昌寺
■所在地:愛媛県喜多郡内子町‎内子1852
■電話番号:0893-44-2521
■公式サイト:
■交通アクセス:JR内子線・予讃線「内子駅」から徒歩10分/松山自動車道「内子五十崎インターチェンジ」から車で5分

内子児童館

内子児童館

「内子児童館」は、現在は児童の遊びや集いの場として利用されている公共施設ですが、かつて文明開化の時代に「化育小学校」とよばれていた学校の跡となります。

内子は商業町として栄えていたことから、江戸時代から読み書き算盤の庶民教育は盛んでしたが、廃藩置県後の明治5年(1872)に「学制」が発布されたのを機に、桜ヶ丘・文階・耕余の各小学校が開設され、これらの合併により明治12年(1879)に「化育小学校」が新築されました。

「化育小学校」は、当時の町の有志が外国人居住区のあった神戸を視察した上でフランス風の建築様式で設計したもので、白漆喰塗の外壁に上部をアーチ状にした窓が開口しています。明治34年(1901)に今の内子高等学校敷地内に「内子尋常高等小学校」が新設されると、その後は郵便局や農協の事務所などとして引き続き利用され、老朽化による取り壊しを経て、昭和58年(1983)に往時の外観を模した「内子町児童館」が新築されました。

内子児童館
■所在地:愛媛県喜多郡内子町‎内子2019
■電話番号:0893-44-3101
■公式サイト:
■交通アクセス:JR内子線・予讃線「内子駅」から徒歩10分/松山自動車道「内子五十崎インターチェンジ」から車で5分
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