紅葉が彩る古刹と陣屋町の風景がある丹波市の観光スポット

丹波市木の根橋

2024年3月29日観光

兵庫県東部の丹波市は、京都や大阪から90分というアクセスのよさと、豊かな自然と文化で知られるまちです。特産品の丹波黒豆は広く世間に知られていますが、それ以外にも古くからの社寺や柏原藩の陣屋町の風情など、数多くの見どころがあります。

道の駅丹波おばあちゃんの里

丹波おばあちゃんの里

「丹波おばあちゃんの里」は、丹波市春日町七日市にある道の駅です。国道175号の沿道にあり、すぐ近くには舞鶴若狭自動車道および北近畿豊岡自動車道の春日ジャンクション(春日インターチェンジ)もあります。

丹波黒大豆や丹波栗など特産物や土産品が揃う物産館、丹波赤鶏からあげ定食、但馬めんちかつはじめ地産地消メニューが豊富なフードコート、観光パンフレットがもらえる観光情報センターといった、さまざまな施設が敷地内にあり、丹波観光の拠点とするのに最適です。

道の駅丹波おばあちゃんの里
■所在地:兵庫県丹波市春日町七日市710
■電話番号:0795-70-3001
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:舞鶴若狭自動車道北近畿豊岡自動車道「春日インターチェンジ」からすぐ/JR福知山線「黒井駅」から神姫バス5分、「野村」下車、徒歩10分
■営業時間:9:00-17:00
■駐車場:無料
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柏原(かいばら)八幡宮

柏原八幡宮

「柏原八幡宮」は、丹波市柏原町に鎮座する神社で、古くから厄除けや勝負事の神様として信仰されてきました。

草創は舒明天皇の時代とされ、その後平安時代の万寿元年(1024)、「丹波別宮」として京都・石清水八幡宮を勧請したと伝わっています。

社殿は安土桃山時代の天正13年(1585)に羽柴秀吉が再建したもので、唐破風の向拝に檜皮葺きの屋根をもつ姿で、国重要文化財に指定されています。社殿の背後には兵庫県指定重要文化財の三重塔や鐘楼が残り、神仏習合の時代のようすがよくわかります。

柏原八幡宮
■所在地:兵庫県丹波市柏原町柏原3625
■電話番号:0795-72-0156
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:北近畿豊岡自動車道「氷上インターチェンジ」から車で10分/JR福知山線「柏原駅」から徒歩5分
■駐車場:無料
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柏原藩陣屋跡

柏原藩陣屋跡

丹波市柏原町柏原にある「柏原藩陣屋跡」は、江戸時代の柏原藩の藩庁の建物の一部が現存し、国史跡に指定されています。

柏原藩は、慶長3年(1598)、織田信長の弟である織田信包(のぶかね)が3万6千石で丹波国柏原に封ぜられたのがはじまりです。やがて無嗣断絶で天領となりますが、元禄8年(1695)、同様に信長の血を引く宇陀松山藩主・織田信休が「宇陀崩れ」と呼ばれるお家騒動の末に2万石に減封されて柏原に入り、以後明治時代に至るまで織田氏の支配するところとなりました。

柏原藩陣屋跡
■所在地:兵庫県丹波市柏原町柏原683
■電話番号:0795-73-0177(柏原町歴史民俗資料館 ・田ステ女記念館)
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:北近畿豊岡自動車道「氷上インターチェンジ」から車で10分/JR福知山線「柏原駅」から徒歩10分
■営業時間:9:00-17:00
■料金:大人200円、中学生100円、小学生50円
■駐車場:無料
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たんば黎明館

たんば黎明館

丹波市柏原町柏原にある「たんば黎明館」は、明治18年(1885)に竣工した旧氷上郡各町村組合立高等小学校の建物です。

寄棟造りの本体に三角破風のついた玄関の組み合わせで、明治時代前期の洋風学校建築として貴重なため、兵庫県有形文化財に指定されています。

平成27年(2015)、耐震改修工事を施した上で、フレンチレストランやカフェ・ダイニングなどを備えた「たんば黎明館」として生まれ変わりました。

たんば黎明館
■所在地:兵庫県丹波市柏原町柏原688-3
■電話番号:0795-73-3800(まちづくり柏原)
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:北近畿豊岡自動車道「氷上インターチェンジ」から車で10分/JR福知山線「柏原駅」から徒歩10分
■駐車場:無料
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興禅寺

興禅寺

「興禅寺」は、丹波市春日町黒井にある曹洞宗の寺院です。寛永3年(1626)、赤井直正の居城だった黒井城の下館があった場所に建てられました。寺院の前面には「七間堀」と呼ばれる水堀や野面積みの石垣が廻っています。

黒井城は明智光秀により落城後、その家臣である斎藤利三が城主となっており、斎藤利三の娘で江戸幕府3代将軍・徳川家光の乳母となった春日局(お福)は、この下館で産まれたとみられています。境内には「お福の産湯井戸」や「お福の腰かけ石」があります。

興禅寺
■所在地:兵庫県丹波市春日町黒井2263
■電話番号:0795-74-0019
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:舞鶴若狭自動車道北近畿豊岡自動車道「春日インターチェンジ」から車で5分/JR福知山線「黒井駅」から徒歩15分
■駐車場:無料

黒井城跡

黒井城跡

「黒井城跡」は、丹波市春日町黒井にある山城跡で、国の史跡です。南北朝時代に赤松貞範が築城したのがはじまりとされていますが、戦国時代に赤井(荻野)直正の居城となったことでよく知られています。

赤井直正は幼少の頃に荻野氏の養子となりますが、成長すると親族で黒井城主の荻野秋清を討って城を乗っ取りました。以後「悪右衛門」を称し、その武勇をもって氷上郡・天田郡・何鹿郡の「丹波奥三郡」を手中に収めるなど、戦国武将として目覚ましい活躍をしています。

明智光秀の丹波攻略の際には黒井城も包囲されますが、丹波八上城主・波多野秀治の軍勢とともに明智軍を挟撃して京まで追い落としました。黒井城が落城するのは、赤井直正が病死した後のこととなります。

黒井城跡は興禅寺の裏手にある登山口からおよそ1時間をかけて本丸まで登ることができ、石垣などを見ることができます。

黒井城跡
■所在地:兵庫県丹波市春日町黒井
■電話番号:0795-70-3501(丹波市観光情報センター)
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:舞鶴若狭自動車道北近畿豊岡自動車道「春日インターチェンジ」から車で5分/JR福知山線「黒井駅」から徒歩15分
■駐車場:無料

白毫寺(びゃくごうじ)

白毫寺

白毫寺」は、丹波市市島町白毫寺にある天台宗の寺院です。慶雲2年(705)、インドからやってきた法道仙人の開基といいます。ご本尊は天竺伝来の薬師瑠璃光如来で、像の眉間にある白毫から光を放ったことが「白毫寺」の寺名の由来です。

中世には丹波国春日部荘の地頭である赤松貞範らの帰依を受け、丹波地方屈指の大寺院となったものの、明智光秀の丹波攻略にともなう兵火で焼失し、その後再建されたということです。境内の薬師堂の近くには赤松貞範が建立した石造宝篋印塔が残り、兵庫県有形文化財に指定されています。ほかに木造の太鼓橋などが丹波市指定文化財です。

白毫寺は秋の紅葉の名所として親しまれていますが、もうひとつ有名なものに「九尺藤」が挙げられます。4月中旬から5月中旬にかけて、境内本堂裏手の藤棚を中心に「九尺ふじまつり」が開催され、多くの観光客が訪れています。

白毫寺
■所在地:兵庫県丹波市市島町白毫寺709
■電話番号:0795-85-0259
■公式サイト:(非SSL)http://www.byakugouji.jp/
■交通アクセス:舞鶴若狭自動車道北近畿豊岡自動車道「春日インターチェンジ」から車で10分
■駐車場:無料

高源寺

高源寺

丹波市青垣町桧倉の「高源寺」は、臨済宗妙心寺派の寺院で、岩屋山の中腹にあります。

鎌倉時代末期の正中2年(1325)、中国に渡り天目山で修行をしていた遠谿祖雄(えんけいそゆう)が、夢のお告げに従い故郷の丹波国に帰って一寺を建立したのが、この高源寺のはじまりであると縁起にはあります。戦国時代に兵火にかかって荒廃しますが、江戸時代に入ってから天巌明啓によって現在に再興されました。

境内には遠谿祖雄が中国から持ち帰ったという「天目楓」が繁り、秋の紅葉の名所として有名です。市内の円通寺、石龕寺(せきがんじ)と並んで「丹波紅葉三山」と呼ばれています。

高源寺
■所在地:兵庫県丹波市青垣町桧倉514
■電話番号:0795-87-5081
■公式サイト:(非SSL)http://www.kougenji-tanba.or.jp/
■交通アクセス:北近畿豊岡自動車道「青垣インターチェンジ」から車で10分/JR福知山線「柏原駅」から神姫バス大名草行きで50分、「桧倉」下車、徒歩10分(本数僅少注意)
■入山時間:8:00-16:30(10月-3月は8:30-16:30)
■拝観料:大人300円、小・中学生100円、小学生未満は無料
■駐車場:無料

石龕寺(せきがんじ)

石龕寺

丹波市山南町岩屋の「石龕寺」は、「岩屋寺」とも称される真言宗の寺院です。

用明天皇2年(587)、聖徳太子は蘇我馬子とともに物部守屋を討伐するに当たり、手ずから毘沙門天の像を刻み、甲(かぶと)に戴いてお守りとしました。このとき空中に飛び去った毘沙門天が見つかった場所に寺院を建立したのが「石龕寺」のはじまりであり、奥の院の石龕(石窟)がその場所であるといいます。

室町時代には足利尊氏の帰依を受け、『太平記』には「観応の擾乱」の際に子息・足利義詮が2千騎をともない一時逗留したとあります。同書は当時のようすを「此所ハ岩高ク峯聳テ四方皆嶮岨ナレハ城郭ノ便リモ心安ク覚ヘタル」と描いています。

「石龕寺」は戦国時代に明智光秀の丹波侵攻で仁王門を残して一山焼亡し、江戸時代に復興されていますが、仁王門内に安置される金剛力士像は、胎内銘から仁治3年(1242)に製作されたことがわかっており、国の重要文化財に指定されています。

石龕寺
■所在地:兵庫県丹波市山南町岩屋2
■電話番号:0795-77-0235
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:北近畿豊岡自動車道「氷上インターチェンジ」から車で25分
■入山時間:8:30-16:30
■拝観料:300円
■駐車場:無料

高座(たかくら)神社

高座神社

丹波市山南町谷川の「高座神社」は、丹波国造が創建したといわれる式内社で、その祖神である高倉下命(たかくらじのみこと)を主祭神として祀っています。江戸時代には柏原藩織田氏の庇護を受け、「高座大明神」と呼ばれて栄えました。

現在の本殿は江戸時代の宝永2年(1705)に建立された流造の建物ですが、中央の向拝に唐破風が取り付き、屋根の左右には千鳥破風を配した独特な様式で、丹波地方でも最大級の近世神社本殿建築として国重要文化財に指定されています。

高座神社
■所在地:兵庫県丹波市山南町谷川3557
■電話番号:0795-77-0456
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:北近畿豊岡自動車道「氷上インターチェンジ」から車で10分/JR福知山線「谷川駅」から徒歩30分
■駐車場:無料

首切地蔵尊

首切地蔵尊

丹波市山南町谷川の「首切地蔵尊」は、平家の落人伝説が残る山あいの場所に建つ7体の地蔵尊です。

平安時代の末期、平氏政権は摂津国福原(今の兵庫県神戸市)への遷都を強行しますが、ほどなく「一の谷の戦い」で源義経らの追討軍に敗れてしまいます。一門の公卿や姫らは近隣に勇名を馳せていた鍋倉城主・形瀬近江守を頼って丹波路を落ち延びたものの、落人狩りに遭って「首切沢」であえない最期を遂げたということです。

これを伝え聞いた里人たちが供養のために碑を建てたのが「首切地蔵尊」のはじまりといわれ、現在では首から上の願い事を叶えてくれるとして合格祈願に訪れる受験生も少なくありません。

首切地蔵尊
■所在地:兵庫県丹波市山南町谷川315
■電話番号:0795-77-2955
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:北近畿豊岡自動車道「氷上インターチェンジ」から車で30分
■駐車場:無料
このページの編集者
Travelogues
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