天之御中主神を祀る相馬妙見三社を巡る
福島県の相馬地域にはいろいろな見どころがありますが、なかでも相馬太田神社・相馬小高神社・相馬中村神社の3つの神社、いわゆる「相馬妙見三社」は外せないスポットといえます。
これらの神社はいずれも妙見菩薩と同一視される天之御中主神を主祭神とし、甲冑競馬や神旗争奪戦などの勇壮な神事で知られる「相馬野馬追」の祭礼を共同で斎行しています。
相馬太田神社
戦国大名として有名な相馬氏は、もともと下総国、今の千葉県と茨城県にまたがる相馬御厨が本拠であり、源頼朝による奥州征伐の際には、その軍功により陸奥国行方郡(今の福島県南相馬市ほか)に所領を賜っています。
南北朝時代の元亨3年(1323)、相馬重胤が一族郎党を伴って陸奥国に下向しますが、このとき最初に居を構えたのが、現在の相馬太田神社のある地と伝わっています。
相馬重胤は同時に、一族の祖先である平将門が下総国守谷城に祀ったという妙見尊を館の敷地内に遷しており、これが相馬太田神社のはじまりです。
「相馬妙見三社」合同の祭礼である「相馬野馬追」は、甲冑を着けた騎馬武者たちが競馬や神旗争奪戦を繰り広げる勇壮な神事で知られますが、相馬太田神社の境内でも出陣式が行われます。
■所在地:福島県南相馬市原町区中太田舘腰143
■電話番号:0244-23-2058
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:常磐自動車道「南相馬インターチェンジ」から車で15分
相馬小高神社
嘉暦元年(1326)、北朝方に与していた相馬重胤は、小高城を築いて太田の別所館から移りますが、その際に城の鎮守として妙見菩薩を祀ったのが相馬小高神社のはじまりです。
小高城は以後しばらく相馬氏の本拠となりましたが、江戸時代の慶長16年(1611)、より北方の相馬中村城に本拠が移ったために廃城となりました。
廃城後も引き続きこの地には妙見菩薩が祀られていましたが、明治以降は神仏分離により天之御中主神を祀る神社として独立し、現在に至っています。
小高城は別名を「紅梅山浮舟城」といい、小高川沿いの見晴らしのよい場所に建つこの神社は、春の桜の名所としても知られています。
伝統の「相馬野馬追」では、裸馬を素手でつかまえる「野馬懸」の神事が境内で執り行われます。
■所在地:福島県南相馬市小高区小高字古城13
■電話番号:0244-44-2323
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:常磐自動車道「浪江インターチェンジ」から車で20分、JR常磐線「小高駅」から徒歩15分
相馬中村神社
戦国時代、相馬氏は小高城北方にある中村城に城代を置いて伊達氏への押さえとしていましたが、慶長16年(1611)には本城を小高城から中村城に移し、以後江戸時代を通じて中村藩6万石の首府となります。
このとき中村藩初代藩主・相馬利胤が城内に創建した妙見宮が、現在の相馬中村神社のはじまりであり、こけら葺きの豪壮な社殿は寛永20年(1643)に2代藩主・相馬義胤が建立したもので、国の重要文化財としての指定を受けています。
■所在地:福島県相馬市中村北町140
■電話番号:0244-35-3363
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:常磐自動車道・東北中央自動車道「相馬インターチェンジ」から車で5分、JR常磐線「相馬駅」から徒歩25分