霊地・高野山への入口にある真田幸村ゆかりの町・九度山町の観光スポット

九度山町 観光旅行
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和歌山県伊都郡九度山(くどやま)町は、弘法大師が開いた霊地・高野山の入口に当たる山あいの町です。関ヶ原の戦いに敗れた真田昌幸・真田信繁(真田幸村)父子が配流された場所としても知られ、さまざまな歴史的スポットが点在しています。ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産に登録された遺跡もあります。

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慈尊院

慈尊院

「慈尊院」は、高野山への入口にある真言宗の寺院で、弘仁7年(816)、高野山を開いた弘法大師が、この地に伽藍を建てて高野山の政所(寺務所)を置いたのが始まりです。

弘法大師の母に当たる玉依御前(たまよりごぜん)がはるばる讃岐国(今の香川県)から訪れ、女人禁制であった高野山には登らずここに留まったとされていることから、「女人高野」とも呼ばれ、特に安産・子宝・育児などの女性の願いを叶えるご利益で知られます。

また、弘法大師が月に9度、高野山から降りてきて「慈尊院」に住む母を訪ねたという伝説から、「九度山」という地名が生まれたともいわれています。

慈尊院
■所在地:和歌山県伊都郡九度山町慈尊院832
■電話番号:0736-54-2214
■公式サイト:
■交通アクセス:南海電気鉄道高野線「九度山駅」から(観光)タクシーで5分、又は徒歩で25分/京奈和自動車道「高野口インターチェンジ」から車で5分

丹生官省符神社

丹生官省符神社

「丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)」は、「慈尊院」の真上に鎮座する神社で、弘仁7年(816年)、弘法大師が高野山の地主神である狩場明神とその母神・丹生都比売大神を祀ったのが始まりです。高野山の荘園である官省符荘の鎮守として栄え、もとは「慈尊院」とも一体のものでしたが、明治時代の神仏分離令により神社として独立しました。

「丹生官省符神社」の檜皮葺(ひわだぶき)・春日造(かすがづくり)の本殿は国重要文化財に、参道の坂道に建つ鎌倉時代の「町石(ちょういし)」も国史跡に指定されて、ともに見どころのひとつとなっています。「慈尊院」とともにユネスコ世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産に含まれます。

丹生官省符神社
■所在地:和歌山県伊都郡九度山町慈尊院835
■電話番号:0736-54-2754
■公式サイト:
■交通アクセス:南海電気鉄道高野線「九度山駅」から(観光)タクシーで5分、又は徒歩で25分/京奈和自動車道「高野口インターチェンジ」から車で5分

真田庵

真田庵

「真田庵(さなだあん)」こと「善名称院(ぜんみょうしょういん)」は、丹生川の近くに建つ真言宗の寺院です。関ヶ原の戦いに敗れ九度山に配流された真田昌幸・真田信繁(真田幸村)父子が蟄居していた屋敷跡に、寛保元年(1741年)、大安上人が地蔵菩薩を本尊とする仏堂を建てたのが始まりです。

境内には真田昌幸の霊を祀る「真田地主大権現」、大安上人を葬った「大安上人廟所」があるほか、「真田宝物資料館」では真田ゆかりの武具や書画、NHK大河ドラマ『真田丸』関連の資料などが展示されています。

丹生官省符神社
■所在地:和歌山県伊都郡九度山町九度山1413
■電話番号:0736-54-2218
■公式サイト:
■交通アクセス:南海電気鉄道高野線「九度山駅」から(観光)タクシーで3分、又は徒歩で10分/京奈和自動車道「高野口インターチェンジ」から車で5分

真田古墳(真田の抜け穴)

真田古墳(真田の抜け穴)

「真田古墳」は、丹生川と紀ノ川とに挟まれた台地上に造られた横穴式古墳で、古墳時代後期の6世紀ごろのものと見られます。墳丘は既に失われており、東西1.8メートル、南北3メートル、高さ1.7メートルの玄室が露出しています。

この古墳は「真田庵」から170メートルほど東側にありますが、慶長19年(1614)の「大坂冬の陣」に当たり、真田幸村が密かに大坂城に向かうために掘った抜け穴であるとの伝説があります。

真田古墳(真田の抜け穴)
■所在地:和歌山県伊都郡九度山町九度山1378
■電話番号:0736-54-2019(九度山町役場)
■公式サイト:
■交通アクセス:南海電気鉄道高野線「九度山駅」から(観光)タクシーで3分、又は徒歩で10分/京奈和自動車道「高野口インターチェンジ」から車で5分
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