清流と里山が織りなす自然豊かなまち・那珂川町の観光スポット

観光

栃木県の東部、茨城県と境界を接する那珂川町は、太平洋へと続く那珂川の清流と、八溝山系の山々が広がる自然豊かなまちです。古くは砂金の産地としても知られ、歴史を伝える名所旧跡の数々が町内に点在しています。

那珂川町馬頭広重美術館・郷土資料館


「那珂川町馬頭広重美術館」及び「那珂川町郷土資料館」は、県道矢板那珂川線沿いの隣接する敷地に建てられています。

「那珂川町馬頭広重美術館」は、『東海道五十三次』を描いた江戸時代の浮世絵師として知られる歌川広重の肉筆画を中心に、さまざまな作家の版画や浮世絵、工芸品などを展示する美術館です。思想家・徳富蘇峰と深い交流のあった栃木県出身の実業家・青木藤作氏のコレクションを一括して譲り受けるかたちで、平成12年(2000)に誕生しました。地元産の八溝杉を使用した格子と切妻の大屋根が特徴的なデザインは、建築家の隈研吾氏の手によるもので、環境を受け入れ自然に溶け込む「負ける建築」のコンセプトが取り入れられています。

「那珂川町郷土資料館」は、那珂川町の中世から近現代にかけての歴史の概観や、砂金や小砂焼(こいさごやき)などの特産品、郷土の人物などのテーマについて、それぞれ常設展示で紹介する施設です。定期的に古文書講座や史跡ウォーク、各種企画展などのイベントも開催されています。

那珂川町馬頭広重美術館・馬頭郷土資料館
■所在地:栃木県那須郡那珂川町馬頭116-9ほか
■電話番号:0287-92-1103(馬頭広重美術館)
■公式サイト:(非SSL)http://www.hiroshige.bato.tochigi.jp/
■交通アクセス:東北自動車道「矢板インターチェンジ」から車で40分/JR烏山線「烏山駅」から那珂川町コミュニティバス(馬頭烏山線)乗車40分、「室町」バス停下車
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静神社・武茂城跡


「静神社」は、「那珂川町馬頭広重美術館」のすぐ裏手、武茂城跡に向かう登山道の中腹に鎮座する神社です。古くは「八幡宮」として誉田別命を祀っていましたが、江戸時代に水戸藩領となって以降、2代藩主・徳川光圀の命で手力雄命が祭神に加えられ、「静神社」と称するようになりました。明治6年(1873)に旧社格制度でいう村社となり、明治33年(1900)に武茂城跡である現在地に遷座し、社殿が整備されて現在に至ります。

「武茂城跡」は、宇都宮景綱の三男・泰宗が、正応・永仁(1288〜1299年)のころ武茂庄の領主となり、武茂泰宗と名乗って城を築いたのがはじまりと伝えられます。東西の尾根の上に城跡があり、尾根の間の谷に菩提寺である「乾徳寺」を配しており、今でも竪堀や土塁が残るなど、中世の山城の形態がよくわかります。武茂氏は戦国時代には常陸国を拠点とする佐竹氏に属しましたが、佐竹氏の秋田転封にともない廃城となりました。

静神社・武茂城跡
■所在地:栃木県那須郡那珂川町馬頭2576
■電話番号:0287-92-3467(宮司宅)
■公式サイト:(非SSL)http://www.tochigi-jinjacho.or.jp/?p=683
■交通アクセス:東北自動車道「矢板インターチェンジ」から車で40分/JR烏山線「烏山駅」から那珂川町コミュニティバス(馬頭烏山線)乗車40分、「室町」バス停下車
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唐の御所横穴


「唐の御所横穴」は、那珂川沿いの丘陵斜面の凝灰岩に掘られた7世紀ごろの横穴墓で、国史跡に指定されています。周囲には姫穴、厩穴、遠見穴などの他の横穴墓もあります。

「唐の御所横穴」の玄室の長さは2.75メートル、幅は2.34メートル、高さは1.9メートルで、天井には切妻屋根のような勾配が施され、中央部の石を削り出して棟木を表現するなど、その精巧さにおいては類を見ないものです。

平安時代、関東一帯を侵略して新皇を称した平将門が敗死した後、その娘がここに逃れて男児を出産したという伝説があります。

唐の御所横穴
■所在地:栃木県那須郡那珂川町和見2538
■公式サイト:[こちらをクリック]
■交通アクセス:東北自動車道「矢板インターチェンジ」から車で35分/JR烏山線「烏山駅」から那珂川町コミュニティバス(馬頭烏山線)乗車30分、「都橋」バス停下車、徒歩5分
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Travelogues
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